VISION

「耐震」の
プロフェッショナル
として、モノづくりの
誇りを胸に。

代表取締役社長

桑山肇

当社は建築関係の防振材・防振ゴムから、設備機器関係のポンプユニット、空調機器用防振装置などの設計・製作・取り付けまでワンストップで行っています。普段の生活で目にする機会は少ないですが、当社の製品は「耐震」に必要不可欠なもの。たとえば地震が起きたとき、建物全体だけでなく配管や設備にも耐震をしていかなくては、配管が落ちるなどの不具合が起きます。そうならないように、当社の製品が活躍しています。病院やオフィスビルなど身近な建物から、競技場や空港などの大型建造物まで、オーダーメイドで対応。お客様の細かなご要望にも応えられる高い技術力のおかげで、多くのお客様から評価を頂いております。おかげさまで2022年に設立から50周年を迎えました。次の50年に向けて、新しい取り組みも行いながら、進化を続けたいと考えています。

2023年5月、社長就任。
技術力の継承と、DX推進を
手掛けます。

私は2023年5月に社長に就任しました。まず、取り組みたいのがDX推進。設備投資は惜しまず、ペーパーレス化やシステム導入の他、“寸法を測る”など技術面にて効率化できる最新の機器を導入していきます。とはいえ、DXだけでお客様はついてきません。設立より50年もの長い間、創業者、前社長、そして社員たちが築いてきたお客様との信頼関係、そしてモノづくりに関しての技術力や知識をしっかり継承し、新しいステージへと歩みを進めたいと考えています。目指すは100年企業。効率化を求めながらも技術力をさらに磨き、多くのお客様に信頼を頂けるよう邁進してまいります。

会社が選ぶのではなく、
選ばれる会社へ。
新しい若い力を求めています。

オフィスレイアウト一つをとっても、働きやすい空間に変革し、若い方が「ここで働きたい」と思ってくれる社内環境を目指します。また、前社長から続くのは「利益は社員に還元する」という想い。社員が潤うことで、より仕事の質も高まるもの。働きやすく、やりがいのある環境の中、新しい人材を大切に育てていきます。

MESSAGE FROM CHAIRMAN

オーダーメイド
という強みを活かし、
「都市づくり」の
未来を担う。

取締役会長 中川 和夫

昭和ゴム機工は、より安全でより快適な空間の創造と提供を目指し、様々な製品を開発することで、多くのお客様から支持されてきました。特に弊社の強みはオーダーメイド。お客様の細かな要望を汲み取り、さらに付加価値をプラスしてご提案をしながら、一つ一つオーダーメイドで製品をつくっています。だからこそ、働く社員は皆“モノづくりのプロフェッショナル”として誇りを持ち、成長しています。弊社の財産は、お客様との信頼関係や技術力などはもちろん、そんなプロとして誇りを持つ社員たち。2023年5月に桑山へと社長のバトンを渡し会長職になりました。会長職になることで、より俯瞰的な位置で社内を見回りながら、桑山を含め社員たちをバックアップし、より企業としての基盤を強固にしていきたいと考えております。

設立より50年以上の財産を
社長にしっかり引き継ぎます。

私自身営業もしていましたので、長年お付き合い頂いているお客様もたくさんいらっしゃいます。その信頼関係をはじめ、技術力・提案力はしっかりと引き継いでいきたいです。また、新しい世代の社長だからこそ、今では欠かせないDX推進にも取り組んでもらいます。業界柄なかなか進まない分野ではありますので、社長が切り拓いてくれると嬉しいですね。そのためのバックアップは惜しみません。会長職になり、営業だけでなく工事部や設計部門までしっかりと見ることができるため、幅広い視野での提言もできるはずです。より大きな会社へと成長し、ますます「都市づくり」の未来を担う会社へと進化していってほしいと願っています。

プロフェッショナルを育てることに
長けている会社です。

私より技術的な知識が豊富な社員がいるほど、社員のモノづくりに対する情熱・知的好奇心には頭が上がりません。設立50周年を迎え、次は若い世代に継承し育てていくフェーズに突入しました。安定性とやりがいの両方を手にしながら、自身を成長させたいという方には最適な環境です。より多くのプロフェッショナルを今後も育てていきたいです。

MESSAGE FROM FOUNDER

未来がある。
プライドがある。
都市作りへの
創造と技術を胸に。

創業者 川村 敏夫

1972年の設立当時、日本経済は安定成長期に差しかかり、都市開発および超高層建造物の建設ラッシュが始まり、防振・耐震対策や給水・空調・衛生など、建築設備機器関連の製品需要が高まっていった時代でした。その中で、当初は建築設備用防振材や工業用ゴム製品の販売を主な事業としておりましたが、創業者である川村敏夫は、時代の変化に呼応し、自身の「より安全で、より快適な都市づくりを追求したい」という想いを具現化するために、自社独自の技術力と開発力を持った高品質のモノづくりに一気にシフトしていったのです。当時のことを振り返りつつ、川村は「たった3人からスタートした会社だったが、その情熱に賛同してくれる仲間が増え、業界屈指の技術を誇る企業にまで成長することができた。我々の製品は目に触れることのない裏方的な存在だが、高い技術力が欠かせないものばかり。そのプライドを未来永劫、持ち続けて行きたい」と語っています。

社員あっての会社。次代を担う
あなた方にバトンを渡したい。

川村は、会社は技術力と開発力、そして提案力を武器に成長し続けるだけの礎を築いてこれたが、そこに決して胡座をかいてはならない、すべては人材ありきだという強い信念を持ち、次のように語っていました。

「高度経済成長期の都市が時代に合った再開発の流れになっているのと同様に、当社も次世代にバトンを渡す時期に入っており、優秀な人材を育成し、もっと大きな会社にして欲しいと願っています。私は常々、社員あっての会社だという思いこそありましたが、人材育成に関しまして、これまで特に方針を掲げてきたわけではありません。けれども知識や技術を持っている者が若いスタッフに分かりやすく教えようという文化が育まれ、『一人前になったとき、自分がしてもらったように丁寧に新人さんを育成したい』という考えが自然と継承されているのです。ありがたいことに定着率も良く、皆本当に頑張って会社を支えてくれています。それが何より嬉しい」と。

川村の想いを受け継ぎ、昭和ゴム機工は今、培ってきた高品質の技術と信頼関係の中で、新しい案件も続々とご依頼いただき、これからの若い方々にとっても「自信」と「成長」につながるチャンスに溢れています。ぜひ、広がる明るい未来の中で、質の高いモノづくりに関わるプライドと楽しさを実感しながら情熱を傾けていって欲しいと考えています。